顧客の未来価値を予測する。Predicted-LTVマーケティングの実践

顧客の未来価値を予測する。Predicted-LTVマーケティングの実践

マーケティングの新たなアプローチ「Predicted-LTV(予測生涯価値)」について、同社の釼持 駿代表取締役CEOと倉本 岳執行役員が語った。人口減少と市場縮小が進む中、企業はいかに効率的に顧客を獲得し、育成していくべきか。両氏がその革新的な手法について詳しく解説する。

分断されたマーケティングの課題

——まず、Predicted-LTVという考え方が生まれた背景を教えてください。

釼持氏:日本の人口減少に伴う市場縮小は、もはや避けられない現実です。新規顧客の獲得は激化する競争の中でコストが上昇し、一方で既存顧客の育成も効率が上がらない。多くの企業がこのジレンマに直面しています。

特に問題なのは、集客担当と育成担当の目標が分断されていることです。集客側は獲得単価(CPA)をいかに下げるかに注力し、育成側は入ってきた顧客のロイヤリティをどう高めるかに苦心する。でも、安く獲得した顧客が必ずしも優良顧客になるわけではないんです。

——その分断を解決するのがPredicted-LTVという考え方なのですね。

倉本氏:その通りです。Predicted-LTVは、顧客の「将来価値」を予測する技術です。既存顧客のデータを機械学習で分析し、新規顧客が将来どれくらいの価値をもたらすかを予測します。

これにより、集客側は「将来価値の高い顧客」に注力でき、育成側も「ロイヤル顧客になりやすい人」に効率的にアプローチできる。両チームが同じ指標で動けるようになるんです。

重要顧客の定義が成功の鍵

——具体的にはどのように重要顧客を定義するのでしょうか?

釼持氏:まず、自社にとっての「重要顧客」を明確に定義することが重要です。例えば、プロテイン事業の例をご紹介しましょう。

Aさんという顧客は、購入前にサンプルを試し、じっくり比較検討してから購入します。獲得単価は高いですが、一度愛用すると長期間継続してくれます。一方、Bさんは気軽に購入しますが、すぐに別の商品に乗り換えてしまう。

集客担当者はBさんを重視しがちですが、育成担当者から見ればAさんの方が価値が高い。この認識のギャップを埋める必要があります。

——金銭的価値以外の要素も考慮する必要があるのですか?

釼持氏:はい、それも重要なポイントです。あるダイレクトリクルーティング事業の例では、若手営業職の方は獲得コストが300円で3ヶ月で転職が決まる。一方、データサイエンティストは獲得に2,200円かかり、転職まで36ヶ月かかります。(※金額や期間はあくまで例示であり、特定の企業の事実ベースの内容ではございませんのでご留意ください)

一見、営業職の方が効率的に見えますが、データサイエンティストが登録していることで、採用意欲の高い企業が集まるという波及効果があります。この「非金銭的価値」も含めて重要顧客を定義する必要があるんです。

実現へ導くための統合戦略

——Predicted-LTVを実際にどのように活用するのでしょうか?

倉本氏:私たちは4つのステップで進めています。まず、先ほどのプロテインやダイレクトリクルーティングのように、ロイヤル顧客の明確な定義。次に、集客と育成の方針を含めた顧客戦略の策定。そして施策の実行と、継続的なPDCAの運営定着です。

技術的には、まずデータクレンジングが重要です。弊社ではAIツールを活用して、効率的にデータを整備します。その上で機械学習モデルを構築し、将来価値を予測していきます。

——集客面での具体的な活用方法を教えてください。

倉本氏:従来のCPA重視の考え方から、Predicted-LTV重視への転換が必要です。例えば、CPAは高いけれどPredicted-LTVも高いチャネルがあれば、そこに投資を集中させるべきです。

技術的には、Predicted-LTVの高い顧客の属性情報を広告配信プラットフォームに連携します。データ利活用の許諾問題がある場合は、広告IDとPredicted-LTVの値のみを紐付けて返すなど、プライバシーに配慮した方法で実現できます。

——育成面ではどのようなアプローチを取るのでしょうか?

釼持氏:ロイヤル顧客に至るパターンをデータ分析で明らかにし、そこに至るための重要なファクターを特定します。複数のパターンが存在する場合は、インパクトの大きさと実現可能性を考慮して、優先順位を付けて取り組みます。

あるアパレル企業様の例では、年間購買金額だけでなく、購買頻度や値引き以外での購買行動も重視されていました。複数の指標と閾値の組み合わせで、それぞれのパターンごとのLTVをシミュレーションしつつ、最終的な定義を決定していきました。

実践企業の成功事例

——実際の成功事例を教えていただけますか?

釼持氏:エンタメ企業様の事例が印象的です。スマホゲームを運営されている企業で、従来はタクシードライバーのような長時間プレイヤーを重要顧客としていました。

しかし、分析の結果、対面でのマルチプレイを好む顧客も重要だと判明しました。彼らは友人を誘って一緒にプレイし、結果的に価値の高い顧客を連れてきてくれる。そこで、オンライン施策だけでなく、大規模なマルチプレイ大会を開催するなど、リアルイベントも含めた施策に転換されました。

——他にはどのような事例がありますか?

倉本氏:サステナブルコスメのEC事業者様の事例も興味深いです。当初はファッション好きな顧客を重視していましたが、分析の結果、資産形成や財テクアプリを使っている顧客の方がLTVが高いことが分かりました。

この発見により、マーケティング戦略を大きく転換し、ROASを大幅に改善することができました。データが示す真実は、時に私たちの直感とは異なることがあるんです。

——データ分析の重要性がよく分かります。

釼持氏:まさにその通りです。多くの企業では、思い込みや経験則でターゲットを決めていますが、Predicted-LTVの分析により、真の重要顧客が見えてきます。これが、ロイヤル顧客やコールLTV客と呼ばれる「いいお客様」のデータから、集客や育成の方針を定めていくことの重要性です。

Predicted-LTV導入のステップ

——実際の導入プロセスについて教えてください。

倉本氏:まずCDP等の構築を行った上で、Predicted-LTVの導入に入ります。最初の「目的の明確化」では、Predicted-LTVを利用する目的を明確にし、サクセスクライテリアを定義します。次に「データ戦略の設計」で、データ活用の洗い出しや取得すべきデータを明確にします。

——データの設計が重要なのですね。

倉本氏:はい。例えばP-LTVの試算や重要顧客の特定、重要顧客の獲得を行うためのプロモーションといった用途に応じて、必要なデータを設計します。活用を行うためにどのようなデータを取得するべきかの洗い出しが重要です。

続いて「データアーキテクトの設計」では、取得するメディアが無い場合はそのメディアの構築を行います。テクノロジー選定、DWH、分析基盤、各種APIなども含めて設計していきます。

——要件定義から実装まで、かなり詳細なプロセスですね。

釼持氏:そうです。「要件定義・開発」フェーズでは、データレイクやDWH、Google Cloud DataflowなどGoogle BigQuery MLで機械学習も実施します。Looker等を用いた可視化も重要です。

その後、「データの確認」でクレンジングと欠損値の補完、異常値の修正を行い、「クラスタリング」で顧客データからユーザークラスタリングを実施します。重要顧客の定義付けでは、中長期的な資産となるようなユーザーを特定し、例えば、20代女性で資産形成や財テクアプリを使っている顧客が重要顧客であるといった形で定義します。

——重要顧客の特定は容易にできるものなのでしょうか。

倉本氏:弊社では、重要顧客特定をAIエージェントの技術を活用しながら進めています。構造式モデリング等を用いて、顧客構造とロイヤル顧客を定義し、重要顧客(LTVが高い顧客)を特定します。

このとき、重要顧客を算出するアルゴリズムを開発し、機械学習を行うための分析環境の整備やモデルの選択を行います。運用中もモデルのパフォーマンスをモニタリングし、予測モデルの改善を継続的に行っていきます。

——社内への展開も重要ですね。

釼持氏:はい。私たちは「人+AIエージェント」の体制を組むことで、データクレンジングや構造式モデリング等の速度や精度の向上を実現しています。社内に点在するマーケティングデータの収集と分析、各種データクレンジングや分析の前処理も、AIエージェントを活用することで効率化できます。

——最後に、読者へのメッセージをお願いします。

倉本氏:デジタルマーケティングの世界は日々進化しています。変化を恐れず、むしろチャンスと捉えることが大切です。

釼持氏:現在、自社顧客の継続率やLTV、CPAの悪化などに課題を感じている方には、ぜひこのアプローチを検討していただきたいと思っています。enableXは、生成AIやデータ活用を通じて、マーケティング領域でのデータ活用をご支援します。

顧客の未来価値を予測し、それに基づいて戦略を立てる。このPredicted-LTVという新しいアプローチが、日本企業のマーケティングを次のステージへと導く鍵となるでしょう。

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