「人の思考と感性をいかにAIで再現するか」をテーマに講演を実施しました
2026年2月12日、応用脳科学コンソーシアム(CAN)主催のTechnical Courseにて、当社テクノロジー統括の小村淳己と、研究・開発リード/のグェン トアン ドゥクが登壇しました。
テーマは「人の思考と感性をいかにAIで再現するか ― 個性化AI・マルチモーダル・Physical AIによる新しい知能像 ―」。産官学から約100名の方々にご参加いただき、講演とデモンストレーションを行いました。本記事では、当日の内容をダイジェストでお届けします。

私たちが再現を目指す「人間の脳」
講演の冒頭では、AIで再現すべき対象としての人間の脳の能力を改めて整理しました。約1,000万kmのニューロン配線、300TBの記憶容量、20京回/秒の演算能力 ― それをわずか20ワット/日で実現している脳の驚異的なスペックを示しつつ、特に注目したのが「意識5%・無意識95%」という情報処理の構造です。
意識下で処理可能な情報量はわずか40bit/秒。掛け算をしながら足し算はできないように、特定の対象に集中しなければ処理が追いつきません。一方、潜在意識では1,100万bit/秒もの膨大な情報が無意識のうちに処理されています。視覚・聴覚などの感覚器官から入力される情報の大半は、私たちが意識することなく感情や判断に作用しているのです。
つまり、私たちの行動や意思決定の大部分は、自分では気づかない無意識の領域で決まっている。この構造をAIでどう再現するか ― それが今回の講演全体を貫くテーマでした。
脳の部位別機能についても整理し、前頭前皮質の思考・判断機能、海馬の記憶機能、後頭葉の視覚認識機能など「現状のAI技術で再現性が高い領域」と、扁桃体の情動認識やミラーニューロンによる知覚トレースなど「まだ発展途上の領域」を明確にマッピング。全体像を俯瞰することで、当社の技術がどこに位置し、何を目指しているのかをお伝えしました。
Part1:「人の感性」を再現する ― マルチモーダルAI × Physical AI
後半は感性再現の技術と応用事例をお伝えしました。
マルチモーダルAI ― 見る・聞く・読むを統合する
人間の感性再現における主要なインプットは、視覚(表情)・聴覚(声)・言語(テキスト)の3つ。これらを統合的に処理するマルチモーダルAI技術を、複数の応用事例とともにご紹介しました。
総務領域では、顔認識と声紋を組み合わせた特許取得済みのマルチモーダル認証システムをご紹介。直接話しかけるだけで顔登録が完了し、オフィスの入館認証や顧客・郵便の受付業務をAIで省人化する取り組みです。バーチャル受付として実際に運用されています。
医療領域では、肺CTや胃カメラの映像から罹患リスク箇所をリアルタイムに予測するAIモデルの実績を共有しました。人間の医師でも判別が難しい微細な変化を映像ベースで検出するこの技術は、属人性の高い医療診断を支援する大きな可能性を示しています。

さらに今後のロードマップとして、現在の視覚・聴覚・言語によるマルチモーダル感情認識から、EEGデータなどのニューロ情報も統合していく方向性をお示ししました。非侵襲・侵襲を含む脳情報のマルチモーダル化により、直感に基づく人間の感性をより精緻に再現できる未来を目指しています。
Physical AI ― デジタルからフィジカルへ
続いて、AIがフィジカル世界で活躍する事例をご紹介しました。
空港における搭乗ブリッジの完全自動ドッキングは、映像検知で周辺環境を把握し、人的リスクを判断しながらドッキングユニットを精密に補正して航空機に連結する高度なPhysical AI技術です。専門オペレーターの熟練技術に依存していた業務を、安全性を確保しながら完全自動化した事例として紹介しました。
さらに、ハノイ国家大学との共同研究による世界モデルの取り組みもお伝えしました。テキストベースのLLMとは異なり、3次元のリアル世界における人間の「意図」と「動作」を学習し、ロボットが現実世界で再現するアプローチです。強化学習と逆強化学習の2つの手法を解説し、特にIRLでは熟練者の行動データから「何を大事にして行動しているか」という思考ロジックそのものを抽出できる点を強調しました。このパートには参加者の皆さまから多くのご質問をいただき、関心の高さを実感しました。

Part2:「人の思考」を再現する ― 個性化AIサービス「N1 Agent」
前半40分では、当社が独自に開発・運用する「N1 Agent」サービスを中心に、個性化AIによる思考再現の取り組みをご紹介しました。
enableXのテクノロジーのコアミッションは「個性化AIの活用を通じ、物理制約からの解放と人間能力の拡張を実践する」こと。時間・疲弊・場所・数といった物理的制約から人間を解放する「代替」の側面と、人間の判断力や創造力をAIで底上げする「協働」の側面。この両輪で個性化AIの社会実装を推進しています。
N1 Agentは、個人の意思決定傾向・専門知識・価値観をLLMに反映させ、デジタル空間上に「知のデジタルツイン」を構築するサービスです。技術的には3層構造で設計されています。この3つのレイヤーの組み合わせによって、単なるチャットボットとは一線を画す「その人らしさ」を持ったAIが生まれます。
当社では実際に、CEO・事業統括・各部門責任者の個性化AIを量産・運用しています。「この件は〇〇さんに聞きたい」という属人的なニーズに対して、その人の個性化AIが代わりに応対。専門業務の相談やレポートのドラフト、意思決定の伴走まで幅広いタスクをカバーしています。
また、個性化AIを「作って終わり」にしない運用設計も重要なポイントです。会議録・作成資料・インプット資料・Web情報・週次連携情報などの知識源を自動取り込みし、差分確認と追加学習を継続的に回す「知識還流メカニズム」を構築しており、これにより、常に鮮度の高い状態で個性化AIが稼働し続け、あらゆる関係者が最新の知見を持ったAIを利活用できる環境を実現しています。
小村からは「AIは目先の活用ではなく”慣れ”。人間側がAIに寄り添い、お互いを理解し、実践のなかで価値を高める設計が重要」というメッセージをお伝えしました。
Part3:Neuro×AI ― 直感指標で広告を最適化する
最終パートでは、当社「Neuron∞AI Lab」のニューロマーケティングサービスをご紹介しました。
人間の購買判断の大部分は、無意識下で瞬間的に行われる「Pre-decision」です。脳の50〜95%が五感に基づく感覚・感性の処理に使われており、判断の重要性が高いときに初めて理性で後付けの説明を行います。従来のアンケートやインタビューで捉えられるのはこのPost-decisionであり、購買行動を本当に動かしている「直感」には手が届いていなかった ― これがマーケティングにおける長年の構造的課題です。
この課題に対し、当社では脳波計測とアイトラッキングを組み合わせた測定環境を構築。注目・感情・記憶・新奇性・認知理解・行動意向の6つの直感指標をリアルタイムに取得しています。これらの指標をNeuro AIモデルに統合し、広告動画のピークエンド分析(どの瞬間に感情や注意がピークに達するかを特定)や、広告画像の評価・生成モデル(直感指標に基づく改善提案)として実用化しています。
当日はサンプルの広告動画・画像を用いたデモンストレーションも実施。脳波データがリアルタイムにダッシュボード上で可視化される様子を会場の皆さまにご体験いただき、大きな反響をいただきました。
小村からは「NeuroAIで人間の”快”を引き出し行動変容を促す。それをブランディング・収益向上・コスト削減・品質向上といった事業価値に転換し、社会実装を加速させていく」というビジョンをお伝えし、講演を締めくくりました。
おわりに
今回の講演では、個性化AI・マルチモーダルAI・Physical AI・ニューロサイエンスという当社の技術領域が、「人間の思考と感性の再現」という一貫したテーマのもとにどう繋がっているかをお伝えしました。
なお、2026年2月4日には「AI社会実装白書 Vol.1」もリリースしております。パーソナライゼーション・マルチモーダルAIを中心とした知見をまとめておりますので、ぜひ合わせてご覧ください。
https://enablex-inc.com/wp07-ai-social-implementation-whitepaper-vol1/
応用脳科学・情報科学・工学の協働による研究発展と社会実装の推進に向けて、enableXはこれからも挑戦を続けてまいります。